界があろうとは思いかけなかった。
 四畳半の茶室だが、床柱は椰子材《やしざい》の磨いたものだし、床縁や炉縁も熱帯材らしいものが使ってあった。
 匍《は》い上りから外は、型ばかりだが、それでも庭になっていて、竜舌蘭《りゅうぜつらん》だの、その他熱帯植物が使われていた。土人が銭に使うという中央に穴のある石が筑波井風《つくばいふう》に置いてあった。
 庭も茶室もまだこの異趣の材料を使いこなせないところがあって、鄙俗《ひぞく》の調子を帯びていた。
 袴《はかま》をつけた老主人が現れて
「手料理で、何か工夫したものを差上ぐべきですが、何しろ、手前の体がこのようでは、ろくに指図も出来ません。それで失礼ですが、略式に願って、料理屋のものでご免を頂きます」と叮嚀《ていねい》に一礼した。
 私は物堅いのに少し驚ろいて、そして出しなに仰々《ぎょうぎょう》しいとは思いながら、招待の紋服を着て来たことを、自分で手柄に思った。娘もこの間の宴会帰りとは違った隠し紋のある裾模様《すそもよう》をひいている。
 小薩張《こざっぱ》りした服装に改めた店員が、膳《ぜん》を運んで来た。小おんなのやまは料理を廊下まで取次ぐらしく、襖口《ふすまぐち》からちらりと覗いて目礼した。
「お見かけしたところ、お父さまは別にどこといって」というと、
「いえ、あれで、から駄目なのでございます。少し体を使うと、その使ったところから痛み出して、そりゃ酷《ひど》いのですわ」
「まあ、それじゃ、今日のおもてなしも、体のご無理になりゃしませんこと」
「なに、関わないのでございますよ。あなたさまには、いろいろお話し申したいことがあると云って、張切って居るんでございますから」
 纏縛《てんばく》という言葉が、ちらと私の頭を掠《かす》めて過ぎた。しかし、私は眼の前の会席膳《かいせきぜん》の食品の鮮やかさに強て念頭を拭《ぬぐ》った。
 季節をさまで先走らない、そして実質的に食べられるものを親切に選んであった。特に女の眼を悦《よろこ》ばせそうな冬菜《ふゆな》は、形のまま青く茹《ゆ》で上げ、小鳥は肉を磨《す》り潰《つぶし》して、枇杷《びわ》の花の形に練り慥えてあった。そして、皿の肴《さかな》には、霰《あられ》の降るときは水面に浮き跳ねて悦ぶという琵琶湖の杜父魚《かくぶつ》を使って空揚げにしてあるなぞは、料理人になかなか油断のならない用意あるが
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