癖にして内懐へ入れ、肋骨《ろっこつ》の辺を押えている。純白になりかけの髪を総髪に撫《な》でつけ、立派な目鼻立ちの、それがあまりに整い過ぎているので薄倖を想わせる顔付きの老人である。その儒者風な顔に引較べて、よれよれの角帯に前垂れを掛け、坐った着物の裾から浅黄《あさぎ》色の股引《ももひき》を覗かしている。コールテンの黒|足袋《たび》を穿《は》いているのまで釣合わない。
老人は娘のいる窓や店の者に向って、始めのうちは頻《しき》りに世間の不況、自分の職業の彫金の需要されないことなどを鹿爪《しかつめ》らしく述べ、従って勘定も払えなかった言訳を吃々《きつきつ》と述べる。だが、その言訳を強調するために自分の仕事の性質の奇稀性に就《つい》て話を向けて来ると、老人は急に傲然《ごうぜん》として熱を帯びて来る。
作者はこの老人が此夜《このよ》に限らず時々得意とも慨嘆ともつかない気分の表象としてする仕方話のポーズを茲《ここ》に紹介する。
「わしのやる彫金は、ほかの彫金と違って、片切彫というのでな。一たい彫金というものは、金《かね》で金《かね》を截る術で、なまやさしい芸ではないな。精神の要るもので、毎日ど
前へ
次へ
全22ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング