たが、心配そうな、狡《ずる》そうな小声で
「あの――註文の――御飯つきのどじょう[#「どじょう」に傍点]汁はまだで――」
 と首を屈《かが》めて訊いた。
 註文を引受けてきた出前持は、多少間の悪い面持で
「お気の毒さまですが、もう看板だったので」
 と言いかけるのを、年長の出前持はぐっと睨《にら》めて顎で指図《さしず》をする。
「正直なとこを言ってやれよ」
 そこで年少の出前持は何分にも、一回、僅かずつの金高が、積り積って百円以上にもなったからは、この際、若干でも入金して貰わないと店でも年末の決算に困ると説明した。
「それに、お帳場も先と違って今はお嬢さんが取締っているんですから」
 すると老人は両手を神経質に擦り合せて
「はあ、そういうことになりましてすかな」
 と小首を傾けていたが
「とにかく、ひどく寒い。一つ入れて頂きましょうかな」
 と言って、表障子をがたがたいわして入って来た。
 小女は座布団を出してはやらないので、冷い籐畳の広いまん中にたった一人坐った老人は寂しげに、そして審《さば》きを待つ罪人のように見えた。着膨れてはいるが、大きな体格はあまり丈夫ではないらしく、左の手を
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