家霊
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)岐《わか》れ出て

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)白の枝|珊瑚《さんご》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)宗※[#「王+民」、第3水準1−87−89]《そうみん》
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 山の手の高台で電車の交叉点になっている十字路がある。十字路の間からまた一筋細く岐《わか》れ出て下町への谷に向く坂道がある。坂道の途中に八幡宮の境内《けいだい》と向い合って名物のどじょう[#「どじょう」に傍点]店がある。拭き磨いた千本格子の真中に入口を開けて古い暖簾《のれん》が懸けてある。暖簾にはお家流の文字で白く「いのち」と染め出してある。
 どじょう、鯰《なまず》、鼈《すっぽん》、河豚《ふぐ》、夏はさらし鯨《くじら》――この種の食品は身体の精分になるということから、昔この店の創始者が素晴らしい思い付きの積りで店名を「いのち」とつけた。その当時はそれも目新らしかったのだろうが、中程の数十年間は極めて凡庸な文字
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