え。でもおっかさんの時分から、言いなりに貸してやることにしているんだから、今日もまあ、持ってっておやりよ」
 すると炉に焙っていた年長の出前持が今夜に限って頭を擡《もた》げて言った。
「そりゃいけませんよお嬢さん。暮れですからこの辺で一度かた[#「かた」に傍点]をつけなくちゃ。また来年も、ずるずるべったりですぞ」
 この年長の出前持は店の者の指導者格で、その意見は相当採上げてやらねばならなかった。で、くめ子も「じゃ、ま、そうしよう」ということになった。
 茹《ゆ》で出しうどん[#「うどん」に傍点]で狐南蛮を拵えたものが料理場から丼に盛られて、お夜食に店方の者に割り振られた。くめ子もその一つを受取って、熱い湯気を吹いている。このお夜食を食べ終る頃、火の番が廻って来て、拍子木が表の薄|硝子《ガラス》の障子に響けば看板、時間まえでも表戸を卸《おろ》すことになっている。
 そこへ、草履《ぞうり》の音がぴたぴたと近づいて来て、表障子がしずかに開いた。
 徳永老人の髯《ひげ》の顔が覗く。
「今晩は、どうも寒いな」
 店の者たちは知らん振りをする。老人はちょっとみんなの気配《けは》いを窺《うかが》っ
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