じょう[#「どじょう」に傍点]でも食わにゃ全く続くことではない」
老人もよく老名工などに有り勝ちな、語る目的より語るそのことにわれを忘れて、どんな場合にでもエゴイスチックに一席の独演をする癖がある。老人が尚《なお》も自分のやる片切彫というものを説明するところを聞くと、元禄の名工、横谷《よこや》宗※[#「王+民」、第3水準1−87−89]《そうみん》、中興の芸であって、剣道で言えば一本勝負であることを得意になって言い出した。
老人は、左の手に鏨《たがね》を持ち右の手に槌《つち》を持つ形をした。体を定めて、鼻から深く息を吸い、下腹へ力を籠めた。それは単に仕方を示す真似事には過ぎないが、流石《さすが》にぴたりと形は決まった。柔軟性はあるが押せども引けども壊れない自然の原則のようなものが形から感ぜられる。出前持も小女も老人の気配いから引緊められるものがあって、炉から身体を引起した。
老人は厳かなその形を一度くずして、へへへんと笑った。
「普通の彫金なら、こんなにしても、また、こんなにしても、そりゃ小手先でも彫れるがな」
今度は、この老人は落語家でもあるように、ほんの二つの手首の捻《ひね
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