かえで》とか百日紅《さるすべり》とかいふ観賞樹の木の太さに、庭師の躾《しつ》けが残つた枝振りで察しられた。歳子の兄の家の屋上庭園から春は雲のやうに眺められるその桜の木も、庭の中にあつて近づいて見るとみな老樹だつた。中央の池泉は水が浅くなり、渚《なぎさ》は壊れて自然の浅茅生《あさじう》となり、そこに河骨《こうほね》とか沢瀉《おもだか》とかいふ細身の沢の草花が混つてゐた。
石橋の架《かか》つてゐる中の島の枯松を越して、奥座敷に電燈が煌々《こうこう》とついてゐた。座敷の中には美術品らしいものが一ぱいに詰つてゐるのが見えた。だが最初の夜から歳子を一番驚かしたのは、一面|茫々《ぼうぼう》と生えてゐる夏草だつた。野菊もあれば箒草《ほうきぐさ》もあるが、兎《と》に角《かく》、庭全体を圧倒して草の海原《うなばら》の感じだつた。
なるべくクローヴアーの厚く生え重つた渚《なぎさ》の水気の切れた辺に席を取つて、牧瀬と歳子はもう二三十分も神経を解放し、たゞ黙つて夏の夜の醸《かも》す濃厚で爽《さわや》かで多少|腕白《わんぱく》なところもある雰囲気に浸《ひた》つてゐた。蛙《かえる》が低く鳴いて、月は息を吐きか
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