と思つた。かの女はさう了解がつくと妙な遠慮はいらないと思つた。
 青年は牧瀬と云つた。その夜から牧瀬の庭を知り、その池の周囲の饗宴《きょうえん》を知つた。それは淡々とした味を持ちつゝ何となく気がかりの魅惑があつて、あとを引いた。
 翌朝兄に話すと、兄は、
「牧瀬が帰朝してると聞いたが、やつぱりさうかい。うん、あの男は後輩の中でも天才的な特長があるらしいけど、多少変りものなのだ、根は君子人《くんしじん》だ。さうなあ、交際つて別に毒になるほどのこともないが、利益にもならんね。」
 といふ観方で、強《し》ひてかの女を阻《はば》みもしなかつた。
 歳子は知らず/\二十日ばかりの間に、間を置いて七八夜も牧瀬の庭に遊びに行つたが、もう婚約の良人《おっと》の家へ帰る期日も近づいたので、いよ/\今夜もう一晩ぐらゐの交際だと思つて、茨《いばら》の垣の門内に入つた。
「今夜あたりはあなたが来さうな晩だと思ひましたよ。月の出が最初お目にかゝつた晩と同じですからね。」
 牧瀬は歳子を迎へるなり直ぐかう云つた。
 周りは小さい丘や築山《つきやま》の名残りをとゞめた高みになつてゐて、相当な庭園だつた証拠には、楓《
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