けた程の潤《うる》みを持つてゐた。
「あゝいゝ気持ち」
 歳子は喰べても喰べてもうまくだけあつて、少しも腹に溜まらない飲食物に味《あじわ》ひ耽《ふけ》るやうについさう云つた。
「まだ、少女のときのやうに眠くなりませんかね。」
 牧瀬は横にしてゐた体を悠々と立て直しながら、いくらか揶揄《からか》ひ気味に訊《き》いた。七八夜の間に歳子は今までの生涯の体験やら感想やらを識らず知らず彼に話してゐた。
「眠くなつちやゐられないほどいゝ気持ちよ。それとも眼が覚めてゐて眠つてゐると同じやうな気持ちなのかも知れない。」
「うまいこと云ふ」と呟《つぶや》きながら笑つて牧瀬は、すこし歳子に躪《にじ》り寄り、籐《とう》で荒く編んだ食物|籠《かご》の中の食物と食器を掻《か》き廻した。
「喉が渇きませんか。今夜はこれをあがつてご覧なさい。おいしいですよ。」
 牧瀬は月にきら/\光らせながら魔法|罎《びん》からコツプへ液汁をなみ/\と注いだ。
 歳子がそのコツプを月にさしつけて、透《すか》してゐると、牧瀬は「水晶|石榴《ざくろ》のシロツプです。シロツプでは上品な部ですね。」と云つた。
 それから彼は不器用にパパイ
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