めざと》く見付けた乳母は、「さあ、やつと宵の明星さまがお手を触れて下さいました」といつて、ふうはりかの女を抱き取つて家へ入り、深々と寝床に沈めて呉《く》れた。
 それを想ひ出したので、歳子はやはり寝間着の上へ兄が洋行|土産《みやげ》に買つて来て呉れた編糸《あみいと》のシヤーレで肩を包んで外へ出て見た。今更死んだ乳母《うば》に伴つて連れて歩いて貰《もら》ひ度《た》いといふやうな幼い憧憬《あこがれ》の気持ちもなかつたが、さればといつて、兄や婚約中の良人《おっと》にがつちり附添つて歩いて貰ひ度いと思ふ慾求も案外に薄かつた。二人の紳士は歳子の上に現はれる眠りのやうな生理的現象を生理的生活の必然的要求と受取つて、親切に労《いたわ》つては呉れようが、それ以上の深いものを認めては呉れないだらう。それは極めて幼稚な考へ方にしろ、あの乳母のやうに人間の総《すべ》てのものとして、しんからの尊敬と神秘観を持つてかの女を扱つて呉れる素質は兄にも良人にも全然なかつた。たとへ愛の手は同じでも、あの乳母とは感触の肌触りに違つたものがあつた。歳子は生れつきかういふことを感じ分けるに敏感な本能を持つた女だつた。
 かう
前へ 次へ
全19ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング