よその人間には遣《や》り度《た》くない愛惜があつた。兄は折角素直に生ひ立つた妹の愛すべき性格を知らない他人に、猥《みだ》りに逆撫《さかな》でさせたくないといふ真意から、また勇吉は自分が自分とはまつたく性格の反対なこのナイーヴなロマン性の娘を兄に代つて護り育てられる資格と自信を持つたものだから歳子の授受の内容には極めて親切で緊密な了解が働いてゐた。
「あの子は近頃どうしてゐるかね」
「あの子かね。は、は、は、あの子は少し退屈してゐるやうだね。僕が少し詰めて工房へ入り切りだからね。」
何か弥一郎と勇吉が外の会合で顔を合はす場合には、こんな問答が交された。歳子をあの子と呼ぶことに二人はおの/\の立場で、歳子を愛し理解する黙契を示し合つてゐた。
「ぢや、僕の方へ少し寄越《よこ》しとけ、僕はここ三週間ほど仕事の合間だから、相手になつてゐてやれる。」
こんなふうにして歳子は婚約中の良人《おっと》の家と兄の家の間を愛撫《あいぶ》され乍《なが》ら往復した。幸ひ兄はまだ独身だし、良人の家には叔母《おば》がゐたが、この中年寄《ちゅうどしより》は寄人《よりうど》の身分を自認して、何にも差出なかつた。
「
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