洋の哲人の綺麗《きれい》な詩句を思ひ出し、秘密で高踏的な気持ちで、粒々の花の撒《まき》ものを踏み越した。そして葉の緻密《ちみつ》な紫※[#「くさかんむり/威」、第3水準1−91−11]《のうぜんかずら》のアーチを抜けた。歳子は今夜あたりの自分は、兄ともまた自分の婚約の良人《おっと》とも、まるで縁のない人間のやうに思へた。
歳子の兄の曾我弥一郎と、歳子の婚約者の静間勇吉とは橋梁《きょうりょう》と建築との専門の違ひはあるが、同じ大学の工科の出身で、永らく欧洲に留学してゐた。文化人とは恐らくこの二壮年などをいふのであらう。彼等は近代の文化人とはあまりに知性が冴《さ》え返るその寂しさと、退屈をいつも事務か娯楽で紛らしてゐなければならないといふことを十分承知して、そして実際それをやつてゐるほどの文化人だつた。
帰朝後はいよ/\交際を密接にした弥一郎と勇吉とは、寵愛《ちょうあい》してゐるパイプ――ネクタイピン――卓上の一枝の花――を一方は割愛し、一方は愛用し始めるといつた無雑作《むぞうさ》な調子で、兄はその友人と自分の妹の婚約を取計《とりはから》つた。もつとも、二人の男同志の間には、歳子を
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