や狸《たぬき》が棲《す》み、この池の排《は》け口へは渋谷川から水鶏《くいな》が上つた程だつた。
牧瀬はまるで他人ごとのやうに歳子にさういふ話をした。歳子は一体この青年が夜な夜な断片的に語る自分の経歴やら、生活やらがまるで他人ごとのやうに淡々と話されるだけ、却《かえ》つて印象が明確なのに気付いて不思議に思つてゐた。
牧瀬の断片的の話を綜合《そうごう》してみるとかうであつた。彼は建築史の研究を近代からだん/\原始へ遡《さかのぼ》つて行つた。建築を通して見た古い昔の民族の素朴な魂と単純な感情に、極めて雄渾《ゆうこん》で溌溂《はつらつ》とした生命が溢《あふ》れてゐるのに、彼は精神を虜《とりこ》にされてしまつた。しかし、歳子の観察によると、彼は趣味の高さから来る近代文化に対する自虐的な反抗と、複雑濃厚なあらゆるものに飽き果てゝ素朴なものゝ愛に引き返した一種洗練された健気《けなげ》にも寂しい個性が感じられた。いはゞ世紀末的な敗頽《はいたい》の底を潜つて、何か清新なものを掴《つか》まうと漁《あさ》つてゐる、老《おい》と若さと矛盾《むじゅん》してゐる人間に見えた。彼はまだ、その目的の精神的なものは
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