掴まないにしろ、肉体の健康と情操の高さだけは感じられた。これは彼から取り除《の》けやうにも取り除けられない彼の二次的性格になつてゐた。
 どういふわけか、今夜の彼からは淡々とした話振りの底に熱い情熱が間歇《かんけつ》的に迸《ほとばし》つて、動揺し勝ちの歳子をしば/\動揺さした。そして彼は頻《しき》りに恋愛の話をしたがつた。昔語りでも嘘でもロマンスの性質を帯びれば、それがすべて現実に思へるやうな水色の月が冴《さ》えた真夜中になりかけてゐた。彼は恋愛を愛するが、しかし情熱の表現の仕方については、かういふ風変りなことを云つた。
「――肉体も精神も感覚を通して溶け合つて、死のやうな強い力で恍惚《こうこつ》の三昧《さんまい》に牽《ひ》き入れられるあの生物の習性に従ふ性の祭壇に上つて、まる/\情慾の犠牲になることも悪くはありませんが――しかし、ちよつと気を外《そ》らしてみるときに、なんだか醜い努力のやうな気がします。しかも刹那《せつな》に人間の魂の無限性を消散してしまつて、生の余韻を失《な》くしてしまつたやうな惜しい気持ちがしますね。
 僕はそれよりも健康で精力に弾《は》ち切れさうな肉体を二つ野の
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