にも他人に一縷《いちる》の逃げ路《みち》を与えて寛《くつ》ろがせるだけの余裕を、氏の善良性が氏から分泌《ぶんぴつ》させる自然の滋味《じみ》に外《ほか》ならないのです。
 氏は、金銭にもどちらかと云《い》えば淡白《たんぱく》な方でしょう。少しまとまったお金の這入《はい》った折など一時に大金持《おおがねもち》になった様《よう》に喜びますけど、直《じ》きにまた、そんなものの存在も忘れ、時とすると、自分の新聞社から受ける月給の高さえ忘れて居《い》るという風《ふう》です。近頃、口腹《こうふく》が寡欲《かよく》になった為《ため》、以前の様に濫費《らんぴ》しません。
 氏は、取り済《すま》した花蝶《かちょう》などより、妙に鈍重《どんじゅう》な奇形な、昆虫などに興味を持ちます。たとえば、庭の隅《すみ》から、ちょろちょろと走り出て人も居《い》ないのに妙《みょう》に、ひがんで、はにかんで、あわてて引き返す、トカゲとか、重い不恰好《ぶかっこう》な胴体を据《す》えて、まじまじとして居る、ひきがえる[#「ひきがえる」に傍点]とか。
 人にしても、辞令《じれい》に巧《たくみ》な智識《ちしき》階級の狡猾《ずる》さは
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