には愛すべき善良さがあり、尊敬すべき或《あ》る品位が認められました。
四五年以来、氏はすっかり、宗教の信仰者になってしまいました。
始めは、熱心なキリスト教信者でした。しかし、氏はトルストイなどの感化から、教会や牧師というものに、接近はしませんでした。氏は、一度信ずるや、自分の本業などは忘れて、只管《ひたすら》深く、その方へ這入《はい》って行きました。氏の愛読書は、聖書と、東西の聖者の著書や、宗教的文学書と変《かわ》りました。同時にあれほどの大酒《おおざけ》も、喫煙もすっかりやめて、氏の遊蕩《ゆうとう》無頼《ぶらい》な生活は、日夜|祈祷《きとう》の生活と激変してしまいました。
その頃の氏の態度は、丁度《ちょうど》生《うま》れて始めて、自分の人生の上に、一大|宝玉《ほうぎょく》でも見付け出した様《よう》な無上の歓喜《かんき》に熱狂して居ました。キリストの名を親しい友か兄の様に呼び、なつかしんで居ました。或《ある》時長い間|往来《おうらい》の杜絶《とだ》えて居た両親の家に行き、突然|跪《ひざまず》いて、大|真面目《まじめ》に両親の前で祈祷したりして、両親を却《かえ》って驚かしたことも
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