しょく》は一寸《ちょっと》面倒な事業だそうである。その養殖場には日蔭《ひかげ》をつくるための樹林《じゅりん》と湿気《しっけ》を呼ぶ苔《こけ》とが必要である。市場に売り出すものは子供でなくてはならないので、一年に一度子供を親から別居《べっきょ》させなければならない。そして蝸牛の需要《じゅよう》は秋から冬にかけてであるため、その頃になると蝸牛は土の中にもぐってしまうから、養殖者は丁度《ちょうど》芋《いも》を掘るように木の棒で掘り出さなければならない。掘り出したものは何度も何度も洗ったり泥《どろ》を吐《は》かせたりしなければならぬ。寒い季節になると巴里《パリ》の魚屋の店頭にはこうして産地から来た蝸牛が籠《かご》の中を這《は》い廻《まわ》っている。
蝸牛料理はまだ一種類しかない。それは蝸牛の肉を茹《ゆ》でて軟《やわら》かくしたものを上等のバタと細かく刻《きざ》んだ薄荷《はっか》とをこね合《あわ》せたものと一緒にして殻《から》に詰めるだけのことである。然《しか》しこの簡単な料理にもなかなか熟練《じゅくれん》を要するという。蝸牛の季節には巴里のレストラントのメニュウには大抵《たいてい》それが載《
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