ように見送っていたが、やがて気がつき、部屋へ戻る)
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老侍女「奥様、奥様」
式部「なんですか」(式部、几帳から出て来る。黙って色紙を受取ろうと老侍女へ向って手を出す)
老侍女「奥様、ほんとに妙な人じゃございませんか。相当、いい男の癖に、何だか判らない事ばかり言って」(色紙を渡す)
式部「ああ、もう、話さなくっても、みんな陰で聴いていたよ。ありゃ、なんでもないんだよ。恋をするにも真正面に相手にぶつかって真心を打ち付ける気魄も無くなり、ただふわふわ恋の香りだけに慕い寄る蝶々のような当世男の一人さ。あっちの花で断られれば、こっちの花に舞い下ってみる。しかし、恋歌は流石《さすが》に手に入ったものだね」(口の中で読んで、色紙を破って捨てる)
老侍女「蝶々としたらほんとにいやらしい、暇つぶしの蝶々でございますねえ」
式部「けども、また、いじらしいところもある蝶々さ、そうお憎みでないよ」
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(式部再び机に向って筆を執る。老侍女は所在なさそうにまじまじ式部の様子を見入っている)
(夕暮に向う鐘、虫の音高くなる)
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