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老侍女「ねえ、奥様」
式部「なんです」
老侍女「今朝ほどから随分とお根詰めじゃございませんか。それじゃあんまり、お身体にお毒でございますよ」
式部「これだけは放って置いておくれ、物を書くのは、言って見れば、まあ、わたしの虫のせい[#「せい」に傍点]なのだからね」
老侍女「そうでございますか。何だか知りませんが、わたくしは、こちらへ参りましてから根のいい方をお二人お見受け申しました。一人は隣の庵室の聖《ひじり》さま、一人はうちの奥さま。恐らく世間にこれほど根のいい取組はございますまい。お一人は坐って西の方を睨《にら》みづめ、お一人は筆を握って書きづめ。やっぱり、お隣のも、虫のせい[#「せい」に傍点]でございますか」
式部「ほ、ほ、ほ、お隣のは虫は虫でも、だいぶ、真剣な虫のせい[#「せい」に傍点]のようだね」
老侍女「一たい、お隣の聖さまは、ああ昼も夜も坐ったきり西の方を睨んで何をしていらっしゃるんでしょう」
式部「そりゃ、行をしていらっしゃるのさ」
老侍女「行と申しますと」
式部「極楽へ行くお修行さ」
老侍女「へえ
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