)「おまえには言っても判るまいがそれは美しいものに牽《ひ》かれるという心だよ。この心が此の世に魅力を持たせて、捨てようにも捨てさせ切らせないのだよ。わたしのようにとっくに[#「とっくに」に傍点]尼になってもいい未亡人でもさ」
老侍女「あら、奥さま、驚きました。それじゃ、何でございますか、お堅いお堅いとお見上げ申した、あなた様にも、その奥には、そんな浮々したお心がおありなのでございますか」
式部(女郎花を机の先のあか桶に挿し、それから再び机の前に坐って)「何でそんなに驚くの。今の世の中の人はみんな蝶々、さっきの妙な若い男も、お隣の聖も、未亡人のわたしも誰でも色香にひかれる気持ちは一つなのだよ」
老侍女「そう致しますと、わたくしは、これから奥様のお取締りに油断は出来ませんでございますねえ」
式部「ほ、ほ、ほ、ほ、それは大丈夫。わたしのあこがれ[#「あこがれ」に傍点]は皆、この鎧《よろい》を通して矢を射交わすのだからね。(筆と紙を指先でつまんでみせて)滅多に傷は受けないんだよ」
老侍女「つまり、お気持は全部、筆にこめて紙の上だけに射るのだからとおっしゃるのでございますか」
式部「ほ、ほ、ほ、
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