田島には判らない。だがまた斯うして居る時程この娘は美しく見える。イベットはもともと南欧ラテン民族の抜ける様な白い額《ひたい》から頬へかけうっすり素焼の赭土《あかつち》色を帯びた下ぶくれの瓜実顔《うりざねがお》を持つ女なのだが彼女が斯うした無心の態度に入る時には、何とも形容し難い「物」になって仕舞い、自然が与えた美しさだけが、外貌に残る。少し眼尻が下り、媚《こ》びて居るのか嘲《あざけ》って居るのか愁《うれ》えて居るのか判らない大きな眼、丸味を帯びて小さい権威を揮《ふる》って居る鼻、括《くび》れた余りが綻《ほころ》びかけて居る唇。これらがその形のままで空虚になるのだ。そしてこの娘のこの虚脱には何という人を逃さぬ魅力があることだろう。
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――あなた、突然の電報で驚いた?
――別に驚きもし無いがね。だが一たい僕をこんな贅沢《ぜいたく》な処へ呼んで、どうしようって云うんだい。
[#ここで字下げ終わり]
彼女は「物」からただの女になりふふんと小狡《こずる》く笑った。それから小海老を手握《てづか》みで喰べて先が独活《うど》の芽のように円くしなう指先をナプ
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