び》を喰べに行きますの、オンフルールの、サン・シメオンへ。
――承知しました、マドモアゼル。
――あら、あたし独《ひとり》でですわ。
――妙ですね。浮気?
――いいえ、たった一人でセーヌ河口が見度《みた》いのですわ。
――ホホウ、ヒステリーの起った風景画家というところですな。では晩まで遠慮しましょう。
――その代り、晩は十時にシロで晩御飯。それから賭博場《カジノ》のバカラへ行きましょう。
[#ここで字下げ終わり]
 イベットは老紳士との会話で小田島に知らせるランデヴウの場所(サン・シメオン)を聞かせた。小田島は二人が二階へ昇って仕舞ってから帳場係に聞いた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――あの紳士は誰だい。
――ドーヴィル市長、ムッシュウ・マシップ(仮名)です。
[#ここで字下げ終わり]
 小田島はいつぞや巴里で彼女がほのめかした通り、イベットは本当にスペイン国事探偵として、このドーヴィルに喰い込んで居るのかと、内心驚いた。

       二

 太陽が鮮《あざやか》に初秋の朝を燦《きらめ》かし始めた。ドーヴィル市の屋根が並べた赤、緑、灰色の鱗《うろこ》を動かして来
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