た。その中に突立つ破風《はふ》造りの劇場、寺の尖塔(上べは綺麗ずくめで実は罪悪ばかりの素材で作り上げたこの市に寺のあるのが彼には一寸《ちょっと》おかしかった。)果樹園に取巻かれて、土の赤肌をポカンと開けて居るポロ競技場もかすかに見える。眼の前の建築群と建築群との狭い間から斜の光線に掬《すく》い上げられ花園のスカートを着けた賭博場の白い建物や、大西洋の水面の切端の遠望が、小田島の向うホテル五階の窓框《まどわく》の高さに止る。プラタナスの並樹で縁取った海岸の散歩道には、もう蟻《あり》ほどの大きさに朝の乗馬連が往き来している。その中に人を小馬鹿にした様にカプユルタンの王様が女と一緒に象に乗って居るのが大粒に見える。
 疲れが深い眠《ねむり》を引き、先刻ひと寝入りで寝足りた小田島は再びベッドに横になっても眠くはなかった。で、巴里から持って来た社交界雑誌ブウルヴァルジエを展《ひろ》げた。彼は今までこの雑誌を見たこともなかったが巴里の社交界が移動して来た今日のドーヴィルは、この雑誌で研究するに限ると思ったので買って来た。ページを繰ると先《ま》ず仏蘭西《フランス》の自動車王シトロエンが、この地へ大賭
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