ョークで、西班牙《スペイン》皇帝の似顔絵が拙《つたな》く楽書きされて居る。自国の乱れた政情の間を潜って、時々陛下は茲へ遊びに来られた。陛下の古典風な顔はフランスの何処にでも人気があった。衣裳屋のショーウインドウのマネキン人形はまだ消えない朝の電燈の下で今年の秋の流行はペルシャ野羊《やぎ》であることを使嗾《しそう》して居る。霧雨はいつの間にか晴れて、道は秋草の寝乱れて居る赫土の坂を上り、ポロ競技場が彼の眼の前に展開された。
 イギリス、対アメリカのポロ最終競技が今日午後にある。アメリカ選手達の予備練習の馬群が浪の泡立つ様にさっと寄ってはさっと引返す間に、緑の縞《しま》や薄桃色のユニフォームが、ちらちらする。その馬群が投げられた球を追って道端の柵までどっと押し寄せる気配いを受けて、高く嘶《いなな》いてダクを踏んだ馬が一つ、小田島の行手の道の接骨木《にわとこ》の蔭に居る。彼が注意深く接骨木の根の叢《くさむら》を廻って行くと、その馬の轡《くつわ》を取って一人の男が呆然と停って居る。その男は、前夜小田島がカジノの切符台に納って居るのを見た勘定係の四十男だった。馬は華奢《きゃしゃ》な白馬で、女鞍が
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