行って仕舞うだろう――小田島はまたそっと部屋へ帰り、急いで平常着と着更えて足早に外へ出た。曇った空は霧のような雨を降らして蒸暑い。ユーゼーン・コルナッシュ通りの群集は並木の緑と一緒に磨硝子《すりガラス》のような気体のなかに収まって賑《にぎやか》な影をぼかして居る。乗馬時間で通るものは馬が多い。彼は一々馬に眼をつけたがイベットは見えない。殆ど前半身を宙に伸び上げ細い前足で空を蹴《けっ》て居る欧洲一の名馬、エピナールに乗り、その持主、パウル・ウエルトハイマーが通ると人々は息を止め、霧の中で盛な拍手が起った。
浜には今年流行の背中の下まで割れた海水着の娘や腰だけ覆《おお》って全裸の青年達が浪に抱きつき叩《たた》かれ倒され、遠くから見る西洋人の肌は剥《む》き立てのバナナのようにういういしい――小田島は突然顔を赫《あか》らめた。彼は矢張りイベットの肉体を結局は想い続けて居たのでは無いか――いつも自分の心理を突き詰めて行くのに卑怯で気弱な彼はまたしても首を強く左右へ振った。そして何かに逆らうような気勢でさっさと歩き出した。
遊覧客相手の贅沢品屋は防火扉をおろしてまだ深々と眠って居た。扉に白いチ
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