の女に云った処で仕方もなしきり[#「きり」に傍点]が無いので嫌がる女を引きたててホテルの玄関から夕暗のなかに出して遣《や》った。

       五

 午前一時過ぎのドーヴィル賭博場内だ。
 牛乳色に澱《よど》んだ室内の空気のなかで、深酷《しんこく》な血の吸い合いが初まっていた。
 煙草のけむりと、香水の匂いとで疲れて居る光の中に、賭博台が幾つも漂って居る。それにぎっしり人がたかって居る。難破したボートに人がたかって居るように見える。あまりに縁へのしかかり、沈んで仕舞った様にも見える人がある。
 二千フランのテーブルでは大賭博団スタンレー一派が戦を開いて居る。
 細くてキチンと服装を整えた男、背中を丸出しの女、二人とも揃って肥った体に宝石を鏤《ちりば》めて居る夫婦。
――あまり綺羅《きら》びやかに最上級に洒落て居るので却《かえ》って平凡に見える幾十組かが場の大部分を占めて居るので、慾一方にかかって居る樺《かば》色の老婆や、子供顔のうぶな青年が却って目立つ。そしてそれらの人体の間に閃めくカルタ札、カルタ札を掃く木沓《サボ》、白い手、紙幣、紙幣の代りに使う延べの銀板。――小田島は異様に緊
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