アメリカ世界観光船へ乗組の遊び女、これらの職業に携わって居る間に彼女は小田島に度々《たびたび》遇って、いくらも生活の愚痴や自慢話はするのだったが、職業それ自体に就ては何の感想も述べなかった。何れも運命の当然と諦めて居るらしかった。そしてハンドバッグにはいつもカスタネットを一組入れて居て、自分の職業が悲しくなるとそれを取出し、カラカラ指先で鳴らして気持ちの鬱屈を紛らして居た。今度の職業は、彼女にとって今までよりずっと重荷であるらしかった、で今までとは違いいくらかでも彼にこの職業の内情を割って見せる彼女が彼にはいじらしく見えた。

       四

 人を煽《おだ》てに乗せることをよくない趣味と心得て居乍ら、而《しか》も職業としては悪びれず、何処《どこ》迄もそれを最上の商法信条とする。これがフランス遊覧地気質だ。ドーヴィル、ノルマンジーホテルの食堂もその一つだ。ちょっと客を気易くさせる淡い影を壁の隅々に持たせ乍ら取付けた様な威厳、上ずった品位、慧眼《けいがん》のものが早くそれを見破ろうとする前に縦横からあらゆる角度の屈折光線がその作意をフォーカスする。で、客はただもう貴族趣味の夢遊病者となって、われ知らず飲み、喰い、踊る。客をそうして狂わせて置き乍ら、その狂う形骸に向って心からの親切、愛嬌、敬意を払って居るマネージャー始め食堂関係者等の慇懃《いんぎん》な態度――彼等のその態度にはまったく皮肉も狡さも無い。極めて従容とした自然な態度だ。如何《いか》にフランス人が客商売に適して居るかが分る。
 ダンス床を取捲いた二百五十組の食卓の一つへ小田島は仕方なしに四百九十三号室の女と席を取った。女は小田島がオンフルールでイベットに別れ、夕方帰って一休みして居ると、殆《ほとん》ど部屋へ暴《あば》れ込んで来た。女は少し酒に酔って居る癖に腹が空いて居ると云って、小田島の部屋を掻き廻し差し当り何か口に入れるものを探した。女はとうとう小田島の鞄《かばん》の蓋《ふた》をはね、中を引繰り返した。そして小田島が巴里を発つ前知人から贈られた缶入りのカキモチを見付けてカリカリ噛《か》み始めた。
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――米《リイ》のビスケット……………ふふふ……大変《トレー》、|旨い《ボン》。
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 彼女の行儀わるく踏みはだけた棒の様な両脚に、商売女の素気《そっけ》無さが露骨に現われて居たが、さすがに無雑作に物を喰べて口紅をよごさない用心が小田島に少し可哀相に思えた。カキモチも宜《よ》い加減喰べると
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――フランスの女はね。自殺する間際まで喰べものの事を考えて居るのよ。男には失恋しても喰物には絶対に失恋し度くないのよ。
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 女はこんな訳の分らぬことを云ってますます憐《あわれ》っぽくしおれかかる。
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――わたし今夜ご飯喰べられないのよ。あんた晩ご飯おごってよ。あたし払いが出来なくなって、おっ払われたんだから独じゃこのホテルの食堂へは入れないのよ。
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 小田島は絶体絶命という気がした。
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――じゃ、まあ、僕と一緒に来給え。
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 すると女は急にあたりまえだという顔をしてずんずん先に立って食堂へは入って来て仕舞ったのだ。
 女は座席に即《つ》くと悠々小田島のシガレットケースから煙草《たばこ》を抽《ひ》き出してふかし始めた。そして胡散臭《うさんくさ》そうに女を見乍ら誂《あつらえ》を聞く給仕男へ横柄に、
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――ちょいと。何かぱっと眼の覚めるようなものを持ってお出《い》で、コニャックでも。それから|鵞鳥の脂肪《フォア・ド・グラ》を少し余計持っといで。あたしちっと精力をつけなくっちゃ。
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 という調子だ。次々に女は勝手な料理を誂えて喰べながら、機嫌の好いままに、小田島に場内の説明をした。あのアメリカ人は傍のあの紳士を前|葡萄牙《ポルトガル》マヌエル陛下と知らずに、あんなあけすけな態度で女の話をしかけて居る。女を一人|宛《ずつ》相手に快活に喋舌《しゃべ》って居る二人の男は中央アメリカの高山へ望遠鏡を運んで天文学の生きた証拠を把《つか》んだベンアリ・マッツカフェーと弟のベンアリ・ハギンだ。二人とも有名なドーヴィル愛好者だ。カルタをして居るボニ侯爵は年の割に艶々《つやつや》して居る。容色の為午前二時より以上|夜更《よふか》しをせぬ真剣な洒落《しゃれ》ものだ相だ。前何々夫人が、これも新らしい妻を携えた前夫に自分の携えた新らしい夫を紹介して居る。今、椅子の背に頭をもたせ、肥っ
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