、折り返して1字下げ]
――あの娘と知り合いになる程の者はみんな恋人でしょうな。しかし本当の恋人になり得る者は誰でしょうな。私が二十年間、カジノの切符台から女を見た経験から云いますと、あの娘さんはまず見て味う女でしょうな。あまり深入りするとまあ身の破滅というたち[#「たち」に傍点]の女でしょうな。
[#ここで字下げ終わり]
 小田島は何のことやら判らないで云った。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――御忠告有難う。兎《と》も角《かく》、イベットに会って来ましょう。
[#ここで字下げ終わり]
 小田島のイベットに対する怒りはもう消えて居た。彼はしみじみとした気持ちでイベットに逢うため崖に付いた一筋の道を寺の方へ降りて行った。

       七

 寺の役僧に礼を云ってイベットは小さい手帳を乗馬服の内隠しに仕舞った。それから役僧の姿が祭壇の横の扉に隠れたのを見届け小田島に近寄って来た。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――よくお出掛けになってね。私も急にあなたにお目にかかり度い事情が出来たの。けど先刻ホテルに帰って聞いた時お部屋は閉ってあなたはまだ寝てらしった御様子よ。
[#ここで字下げ終わり]
 薄暗い祭壇の長い蝋燭《ろうそく》が百合《ゆり》の花の半面や聖母像の胸を照らして居てあとははっきり何も見えない。胴をちぎれる程締めたイベットの細身の乗馬服姿は修繕中の足場で妨げられたステンドグラスから僅な光で見出される。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――君は発つんですってね。
――まあ、何処から聞いて来て?……そうなの、急に、今朝がたそれが極《きま》ったような訳なの。
――何うしてそんなに急に極まったの。誰かが極めたの。君自身が?
――みんなが極めたんですわ、市長さん始めこのドーヴィルの人達が。
――今日の夕方発つんだってね。彼処《あそこ》で馬を番してるお喋舌《しゃべり》の男に聞いたんだ。
――ええ、あの男お喋舌だけど割合いに親切で正直者よ。――で私、急に今朝あなたにお目に掛ろうとしたの。それからモンブラン(白山という馬の名)にも乗り納めのお名残が惜しみ度かったのよ。
[#ここで字下げ終わり]
 彼女は殆ど小田島に寄り添って来た。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――そして、もう調べはついたの?
――ええ、大たい――
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