置いてあり、鞍にリボンなど着いて居るのを見ると、ひょっとしたらイベットの馬かも知れない。イベットがこの男にこんな役目を勤めさせるほど、何時の間に手馴着《てなず》けたものかも知れない、と小田島は直覚的に考えた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――お早う。これはマドモアゼル・イベットの馬じゃ無いですか。マドモアゼル・イベットは今、何処に居られますか。
[#ここで字下げ終わり]
男は別に意外な顔もせず答えた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――ほう、あなたはマドモアゼル・イベットを御存じですか。マドモアゼルは今、其処《そこ》の崖を降りてお寺へ行って居ます。坊さんに知り合いがあるので賽銭の上り高を聞くのだと仰《おっしゃ》ってでした。あの娘さんは実に熱心な社会学者ですな。
[#ここで字下げ終わり]
彼も相槌《あいづち》を打つ。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――そうですな。本当に熱心な社会学者ですな。
[#ここで字下げ終わり]
同時にこの物知り顔の男に序《ついで》に探ぐって置くことがある。小田島は何気無い風を粧《よそお》って聞いた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――市長マシップ氏にも用があるんですが、何処に居られますか。
――市長ですか、市長は今朝五時半まであの娘さんとスコットランドの金持ちミスター・ジョージと三人でルイジで小夜食を喰べ乍ら一緒に居ました。三人は今夜西班牙へ出掛けるつもりです。それで市長は用意の支度に家へ帰りました。
[#ここで字下げ終わり]
小田島は彼女に喰い尽された残骸としてのドーヴィルを眼の前に感じた。彼女はもう西班牙へ発つのか。ドーヴィルにはもう用は無いのか――小田島はしばらく呆然自分の靴を眺めて居ると男は今度はけげん相に訊く。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――貴方はマドモアゼルのお友達ですか。
[#ここで字下げ終わり]
小田島に突然、イベットを憎む衝動が起きた。イベットは、そんな緊急な事態の矢先きに何故自分をこんな処へ呼び寄せたんだ。彼は腹立ちまぎれに無茶が云い度かった。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――これでも僕は彼女の恋人ですよ。
[#ここで字下げ終わり]
すると男は、今までの柔和に似ず鋭い笑いを見せて云った。
[#ここから改行天付き
前へ
次へ
全28ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング