き」に傍点]、酒場でうめき[#「うめき」に傍点]してゐるそのうめき[#「うめき」に傍点]声にひとりで節が乗つてとう/\人間のうめき[#「うめき」に傍点]の全幅の諧調を会得するやうになつたのだ。人間にあつてうめかずにゐられないところのものこそ彼女の生涯の唄の師である。
 彼女が唄ふところのものはジゴロ、マクロの小意気さである。私窩子のやるせない憂さ晴しである。あざれた恋の火傷の痕である。死と戯れの凄惨である。暗い場末の横町がそこに哀しくなすり出される。燐花のやうに無気味な青い瓦斯の洩れ灯が投げられる。凍る深夜の白い息吐《とい》きが――そしてたちまちはげしい自棄の嘆きが荒く飛んで聴衆はほとんど腸を露出するまでに彼女の唄の句切りに切りさいなまれると、其処に抉出される人々の心のうづき[#「うづき」に傍点]はうら寂びた巴里の裏街の割栗石の上へ引き廻され、恥かしめられ、おもちやにされる。だが「幸福」だといつて朱い唇でヒステリカルに笑ひもする。そして最後はあまくしなやかに唄ひ和めてくれるのだ。ダミアの唄は嬲殺しと按撫とを一つにしたやうなものなのだ。
 彼女はもちろん巴里の芸人の大立物だ。しかし彼女の
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