のルウロップ館あたりへ出る場合にはその必要は無い。墨一色の夜会服に静まつても彼女の空気が作れるやうになつた。
女は娘時代から年増の風格を備へてゐるものがある。ダミアはそれだ。しかもダミアは今は年齢からいつても大年増だ、牛のやうな大年増だ。頬骨の張つた顔。つり合ふがつしりした顎。鼻は目立たない。その鼻の位置を狙つて両側から皺み込む底の深い鼻唇線は彼女の顔の中央に髑髏の凄惨な感じを与へる。だが、眼はこれ等すべてを裏切る憂鬱な大きな眼だ。よく見るとごく軽微に眇《すがめ》になつてゐる。その瞳が動くとき娘の情痴のやうな可憐ななまめき[#「なまめき」に傍点]がちらつく。瞳の上を覆ふ角膜はいつも涙をためたやうに光つてゐる。決して大年増の莫蓮を荷つて行ける逞しさもまた智恵も備へた眼ではない。所詮は矛盾の多い性格の持主で彼女はあるだらう。(矛盾は巴里それ自身の性格でもあるやうに)何か内へ腐り込まれた毒素があつて、たとひそれが肉体的のものにしろ精神的のものにしろそれに抗素する女のいのちのうめき[#「うめき」に傍点]が彼女の唄になるのであらう。彼女は正統な音楽の素養は無かつたはずだ。町辻でうめき[#「うめ
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