好さとを皺《しわ》の目立たぬ面長な顔に好く調和させて、頼母《たのも》しいが油断のならぬ六十歳位の白髪の老紳士だ。ガルスワーシーは東洋人の黒いひたむきな四ツの瞳の鋭い視線をいくらか気弱くそらそうとするように室の中央に在る小さな茶テーブルの向う側の低い椅子に腰かけて少しもの憂げなこごみ加減の長身を横向けにした。応接間は玄関|傍《わ》きの奥へ向って細長い室であった。肝腎の陽射しを受ける南に本棚や壁があって、僅かに奥の方に小窓が在るので其処から入って来る秋の午後の赤茶気た光線は氏の左側を照すのみで、他の部分は――顔も胸も――陰となって向い合った客の景子達だけを明るく照し出した。
夫人は茶テーブルの上の金縁の紅茶茶碗へ紅茶を注ぐと軽く会釈《えしゃく》して夫の側へ腰を下ろした。此の如何にも物馴れた常識的な客間の状勢は日本の客を受け身にさせ、暫らくガルスワーシーの日本の風物に対する質問等に景子達はただ柔順に受け答えしなければならなかった。やがて助教授宮坂は日本人的のぎこちない真面目な顔付きでガルスワーシーを覗き込むようにしながら氏の近作「銀の匙《さじ》」と「白鳥の歌」に就いて発言しようと口を切った
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