たという三階建ての家々が立ち並ぶ横丁を歩いて行った。二ツ目の辻の右の角は赤煉瓦の塀で取り囲まれた一劃となって、其の塀越しにすっきりと眼もさめるような白堊《はくあ》の軍艦が浮んで見える。軍艦と見えたのは実は軍艦風に建てられた家屋だ。以前景子は家主と連れ立って此処《ここ》へ初めて来た時、此の軍艦形の建物を発見して子供のように喜んだものだった。其の時家主は景子に話して聞かせた。此の家は、暫らく前に死んだ或る海軍大将の家で、アドミラルハウスと呼ばれて居る。其の大将《アドミラル》は退役後此の軍艦形の家を造って毎日屋上の司令塔に昇り昔の海上生活を偲《しの》んだという話だった。景子は此の話を宮坂にしながら塀に沿って進むと道は頑固な丈の高い鉄柵に突き当り左へ屈曲する。其処《そこ》で景子は其の鉄柵の中の別荘風の建物を指して之《こ》れがガルスワーシーの家だと宮坂に告げた。彼は少しうろたえ気味に停《た》ち止まって暫く門内を眺めて居たが其の家の何んとなく取り付き難い気配いに幾分当惑の色を浮べた。
 此の家は道路に面して鉄柵を張った前庭を置き暗褐色のどっしりした玄関が冷淡に控えて居るが、一寸横へ廻って見ると、こ
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