だった老女優の隠退後の邸宅が先《ま》ず行手に在る。其の黒く塗られた板塀について曲るとだらだら坂になり、丘の上のメリー皇后の慈善産院の門前へ出た。此処で景子達は一寸《ちょっと》立止まって足を休めた。それから鬱蒼《うっそう》として茂る常磐樹《ときわぎ》の並木を抜けると眼前が急に明るく開けてロンドン市の端《は》ずれを感ぜしめるコンクリートの広い道路が現われる。道路の向う側には市の公園課の設けた細長い瀟洒《しょうしゃ》とした花園が瞳をみはらせる。此の花園は春から夏にかけて、陽に光る逞《たく》ましいにわとこ[#「にわとこ」に傍点]や、細《こ》まかく鋭いおうち[#「おうち」に傍点]の若葉が茂る間にライラックの薄紫の花が漾《ただよ》い、金鎖草の花房が丈高い樹枝に溢れて隣接地帯の白石池から吹き上げる微風にまばゆいばかり金色が揺らめいて居た。今は秋なので紅白、黄紫のダリヤが星のように咲き静まって居る。低い石柱に鉄の鎖を張った外廓に添って其の花園のはずれまで歩くと市街建築の取り付きである二階造りの石灰を塗った古ぼけて小さな乾物屋が在る。其の角を二人は右に切って静かに落ち付いたヴィクトリヤ女王朝前に建てられ
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