の方がうけがよかった。彼を引立てている教授は言った。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――君は学問の筋だよ。創作はあきらめ給え」
[#ここで字下げ終わり]
そうして彼を無理に研究室に入れ、次いで助教授にした。然し彼はどうしても創作は思い切れなかった。学校の方が忙しくなってもう創作の筆は取れなくなったが、然し今に今にといって友人に会えば其の話に熱中した。彼が創作の話をするときには、まるで恋人の話をするような響を持った。
結婚して子供が二人も出来るようになっても彼は創作に対する恋を捨てなかった。しかも其の恋は愈々《いよいよ》外れて行くだけだった。彼はいつか運命ということを考え詰めるようになった。彼はしきりに手相に凝《こ》り出した。彼の幼な友達の景子の夫なぞもよく宮坂の手相見の稽古台にされてうるさがった。
彼が欧洲留学を命ぜられて大陸を歩いて居るうちにも歴訪した有名な文人達には一々手相を見せてもらって来たのであった。そして自分の手相と比較した。宮坂があのほろ苦い理智の匂う独逸の作家の名を挙げて「僕のはトーマス・マンのに一番似ているね」そういうときは如何にも嬉しそうだった。
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