文豪の八ツ手の葉のような扁平な開いた手をつまんで地図を見るように覗き込んだ。宮坂のそのあまり熱心な様子が夫人に却って気軽な興味を覚えさせたらしく、夫人は一層乗出して来て夫の手の筋の説明を求めた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――少し、こまかいですが、常識が円満に発達しています」
[#ここで字下げ終わり]
妻が此の宮坂の唐突の説明にあっけにとられて居るのをガルスワーシーは引きとった。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――妻に世話を焼かす運命が手筋に出てはいませんか」
[#ここで字下げ終わり]
ガルスワーシーの座興的なうけ答えのように一見其の場の光景はやはりちょっとした座興的なもののようには違いないが然し景子には笑えなかった。彼女は此の文豪の手筋を熱心に、と見こう見する宮坂の意図がどんなに切実なものであるかを知っていた。
宮坂は中学時代から創作家志望で、某大学の文科へ入ったのも其の為めであった。彼が創作の為めとして勉強する資料は創作の糧《かて》にはならずに学問の蓄積になった。創作はいくら書いても文壇には受け容れられなくて傍稼《わきかせ》ぎに書く文学講座
前へ
次へ
全22ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング