けた。宮坂は度の強い近視眼鏡の奥で睫毛《まつげ》の疎い眼を学徒らしく瞑目していた。それが景子には老文豪の話を頭で反芻《はんすう》して居るらしく見えた。暫らくそうさしといて、やがて景子が口に出して声をかけようとする時、宮坂は眼をポックリ開いて、さも決心したらしい顔付きで言った。
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――恐れ入りますが、先生の手の筋を拝見さして頂き度いのですが………記念の為めに」
[#ここで字下げ終わり]
 余り宮坂の唐突な言葉に景子もやや呆れた。ガルスワーシーはなお受取り兼ね二三度反問したが結局どうやら宮坂の希望の目的が判ったので笑いながら大きな手を宮坂の前に差出した。
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――さあ、よく見て頂きましょう。多分神秘な運命が筋に現れている筈です」
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 そう言って彼は笑った。夫人も浮腰になり今更のように長年苦労を共にして来た夫の老いた掌を覗いた。そして此の尊敬すべきか、軽蔑すべきかを決しかねた日本人に対する態度を仔細に視まもった。
 宮坂は彼が熱心になるときの子供のように顧慮しない性癖を丸出しにして老
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