宮坂は自分の手筋に少しの類似も見出せない、自分の運命にかかわりの無い此の文豪の手筋は、そう執拗に見る興味もなく、じきに礼を言って、つまんでいたガルスワーシーの手を器物のように丁寧に持主へ返した。宮坂にそんな功利的な意図を以って見られたとも知らず、飽《あく》まで単に東洋の神秘的の座興相手に擬せられたと信じて居るガルスワーシーは冷たくなった手を上衣《うわぎ》のポケットへちょっと挟み込んで、其処で自国の神秘主義に就いての挿話を述べた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――此の国ではコナンドイルがスピリチュアリズムに凝っていましたが。彼は私の妻の前身は土耳古《トルコ》のサルタンだって言って居ました」
――ほ ほ ほ ほ」
[#ここで字下げ終わり]
今度は此方が呆れて返事も出来ずに居る二人の日本人の前で、夫人は軽い座興の復讐のような笑い声を立てた。いつか白茶地に銀朱の色のはいった上着を羽織って居た夫人は今までよりもずっと上品に見えた。
二人は訣《わか》れを告げてガルスワーシー家の門を出た。宮坂は黙って来た時の道を歩いて居たが景子の家に近いだらだら坂の途中まで来た時急に足を止
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