の中の雑音には極めて怖《おび》え易《やす》く唯《ただ》一人、自分だけ静な安らかな瞳《ひとみ》を見せる野禽《のどり》のような四郎をいじらしく思った。彼女《かのじょ》はこの人並でないものに何かと労《いたわ》りの心を配ってやった。それは母か姉のような気持だった。こうしているうちに一つの懸念《けねん》がお蘭の心に浮《うか》んだ。あるとき彼女は四郎にこう訊《き》いた。
「もし、あたしがお嫁《よめ》に行くとき、四郎さはどうする」
四郎は躊躇《ちゅうちょ》なく答えた。
「おらも行くだ、一緒《いっしょ》に」
お蘭は転げるように笑った。
「そんなこと出来ないわ。人を連れて嫁に行くなんて」
四郎には判らなかった。
「どうしてだ」
「お嫁に行くということは私が向うの人のものになってしまうのだから、その人が承知してくれないじゃ、一緒に行けないのよ」
「お蘭さが誰かのものになるというだかね」
「そうよ」
「ふーむ」
白痴の心にもお蘭が自分から失われ、自分は全く孤立無援《こりつむえん》で世の中に立つ侘《わび》しさがひしひしと感じられた。現われて来る眼に見えぬ敵を想像して周章《あわ》てはてた。
「お蘭さ、嫁
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