《てんかん》させ、生活に張気を起させる容易なものがあったらしい。マスコットというものはそうしたものである。
 町々の人は少年を歓迎《かんげい》し始めた。少年の姿を見ると目出度《めでた》いと言って急いで羽織袴《はおりはかま》で恭《うやうや》しく出迎《でむか》えるような商家の主人もあった。華々《はなばな》しい行列で停車場へ送ったりした。少年の姿は絹物の美々しいものになった。町の有力者は言った。
「あの白痴を呼んで来るのは町の景気引立策にもいいですなあ」

 北国寄りのF――町の表通りに、さまで大きくはないがしっかりした呉服店《ごふくてん》の老舗《しにせ》があった。お蘭《らん》という娘《むすめ》があった。四郎はこの娘が好きでF――町へ来ると、きっとこの呉服店へ立寄った。四郎はお蘭の傍《そば》にいるだけで満足した。お蘭の針仕事をしている傍に膝《ひざ》をゆるめて坐って、あどけないことを訊《たず》ねたり単純な遊びごとをしたりした。小春日和《こはるびより》の暖かい日にはうとうと居眠《いねむ》りをした。ときに眼を覚まして、そこにお蘭のいるのを確めると、また安心して瞼《まぶた》をゆるめた。
 お蘭は、世
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