かに記憶《きおく》している四郎という名を聞き取って四郎馬鹿と言ったが、四郎馬鹿さんと愛称をもって呼ぶようになった。
「四郎馬鹿さんに見舞《みま》われた店はどうも繁昌《はんじょう》するようだ」
東北の町々にこういう風評が立った。だいぶ以前から四郎は、最初出現したS――の城下町にも飽《あ》いて、五六里|距《へだた》った新興の市へ遊びに行った。誰《だれ》か物好きに荷馬車にでも乗せて連れて行ったらしい。それから少年は町から町へ漂泊《ひょうはく》することを覚えた。汽車にも乗せた人があるらしい。奥羽《おうう》、北国の町にも彼《かれ》の放浪《ほうろう》の範囲《はんい》は拡張された。それらの町々でも少年の所作に変りはなかった。店先の掃除《そうじ》をして一飯の雑作に有りついた。誤解や面倒がる関門を乗り越《こ》して四郎の明澄性《めいちょうせい》はそれらの町々の人の心をも捉《とら》えた。
「四郎馬鹿さんに見舞われた店は、どうも繁昌するようだ」
それには多分に迷信性と流行性があったかも知れない。しかし少年の一点の僻《ひが》みも屈託《くったく》もない顔つきと行雲流水のような行動とは人々の心に何か気分を転換
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