一飯《いっぱん》の恵《めぐ》みに与《あずか》りたいのだ」
 そう受取るようになった店々のものは、掃除《そうじ》をしたあとで立つ少年を台所の片隅《かたすみ》に導いて食事をさせた。少年はなぜこれが早く判らなかったのだろうという顔つきをして、嬉《うれ》しそうに箸《はし》を取り上げる。
 少年には卑屈《ひくつ》の態度は少しも見えなかった。
 食事の態度は行儀《ぎょうぎ》よく慎《つつ》ましかった。少年はたっぷり食べた。「お雑作でがんした」礼もちゃんと言った。店の忙《いそが》しいときや、面倒《めんどう》なときに、家のものは飯を握《にぎ》り飯にしたり、または紙に載《の》せて店先から与《あた》えようとした。すると少年は苦痛な顔をして受取りもせず、踵《きびす》を返してすごすごと他の店先へ掃きに行った。坐《すわ》って膳《ぜん》に向うのでなければ少年は食事と思わなかった。
 少年は銭も受取らなかった。銭は貰《もら》ったこともあるが大概《たいがい》忘れて紛失《ふんしつ》するので懲《こ》りたらしい。
「あれは、どこか素性《すじょう》のいい家に生れた白痴なのだ」
「そう言えば、上品だ」
 町の人は、少年自身がわず
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