での花形になっていた。
 私は河鹿《かじか》の鳴く渓流《けいりゅう》に沿った町の入口の片側町を、この老婦人も共に二三人と自動車で乗り上げて行った。なるほど左手に裾野平が見え、Y山の崖《がけ》の根ぶちに北海の浪がきらきら光っている。私は同席の人もあるので、どうかと思ったがお蘭老婦人のあまりに快濶《かいかつ》な様子に安心して訊いてみた。
 私がたずねようとした四郎という白痴の少年の名だけを聞き取った彼女はすぐこう言った。
「一時は四郎も死んだことにして思い諦めましたが、なにしろ自分より六つ七つ若いのですからまだ生きているかも知れません。もし四郎が帰って来たら労《いた》わって迎えてやる積りです。こう心を定めてから、気持はだいぶ楽になりました」
 だから一時|拵《こしら》えた四郎の位牌《いはい》も何もかも捨ててしまって、折につけ四郎の消息を探ることにしていると、お蘭老女は語った。
 私は、不思議な人情を潜《くぐ》った老女の顔に影《かげ》のように浮《う》く薄白《うすじろ》いような希望のいろを、しみじみと眺《なが》めた。そして一人の女性にこうまで深く染み通らせた白痴少年の一本気をも想《おも》ってみ
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