の心がしきりに感ずるのをどうしようもなかった。
北海の浪の吼《ほ》ゆる日、お蘭は、四郎が今は北海道までさすらって興行の雑役に追い使われているということを聞いた。
いつか婚期を失ってしまったお蘭は自分自身を諦め切っている気持に伴《ともな》って、もはや四郎を生ける人としては期待しなくなった。
私はこの話を昼も杜鵑の鳴く青葉の山へ行っても、晩の歓迎会《かんげいかい》の席でも、また宿屋へ帰っても古いことを知ってそうな年寄りを見つけると、訊ねて聞き取ったのである。歓迎会で会った老婦人の一人は言った。
「お蘭さんは、まだ生きているはずでございます。××蘭子と言うのです。何なら尋《たず》ねてご覧遊ばせ。F――町はちょうど講演にお廻《まわ》りになる町でもこざいましよう」
私が尋ねるまでもなく私がF――町へ入ると、停車場へ出迎えた婦人連の中にお蘭を見出した。白髪《はくはつ》の上品な老婦人で耳もかなり遠いらしく腰《こし》も曲っている。だが、もっと悲劇的な憂愁《ゆうしゅう》を湛《たた》えた人柄《ひとがら》を想像していたのに、極めて快活で人には剽軽《ひょうきん》らしいところを見せ、出迎えの連中の中
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