る。僧はすっかり草鞋を穿き終えた。そしてすっくと立上って二三歩あるくとくるり[#「くるり」に傍点]と振向いた。その時、僧の顔は引緊って、国太郎が昨日、日本堤で見た平調に返っている。
 僧は言った。
 ――さて、おなご衆さん、わしはゆうべ持っとる金をすっかり費《つか》い果した。今朝の朝飯代が無い。あんたの仏道の結縁《けちえん》にもなる事だから、この旅僧に一飯供養しなさい」
 女は驚いた。
 ――まあ、随分ずうずうしいお客さんだわね」
 しかし僧は顔色一つ変えなかった。
 ――いや、今まではあんたのお客さんだったが、もうお客さんではない。ただの旅の雲水だ。もう二度と斯《こ》ういうところへ修業には来んでもよいだろう。まあ、そういうわけだから志しがあらば供養しなさい。なければ次へ行くまで」
 女はおかしがりながら、有り合せの飯を用意して来た。僧は上り框《かまち》に腰かけて、何の恥らう様子も無く、悪びれた態度もなく、大声をあげて食前の誦文を唱え、それから悠々と箸《はし》を執《と》った。その自然の態度を見入って居た女は何を感じたか、ほろほろと涙をこぼし掌を合せ僧を伏拝むのだった。違った店の気配に楼
前へ 次へ
全14ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング