の建て換え場だ。半月も前からである。
――変な男女が、毎朝、同じ方向から出かけて来ると思ってるだろうね、人夫《にんぷ》達が。
と、かの女。
――ふん。
逸作は手を振って歩いて居る。中古の鼠色《ねず》縮緬《ちりめん》の兵児帯《へこおび》が、腰でだらしなくもなく、きりっ[#「きりっ」に傍点]とでもなく穏健《おんけん》に締《しま》っている。古いセルの単衣《ひとえ》、少し丈《たけ》が長過ぎる。黒髪が人並よりぐっと黒いので、まれに交《まじ》っているわずかな白髪が、銀砂子《ぎんすなご》のように奇麗《きれい》に光る。中背《ちゅうぜい》の撫《な》で肩《がた》の上にラファエルのマリア像のような線の首筋をたて、首から続く浄《きよ》らかな顎《あご》の線を細い唇《くちびる》が締めくくり、その唇が少し前へ突き出している。足の上《あが》る度《たび》に脂肪《あぶら》の足跡が見える中古の駒下駄でばたりばたり歩く。
かの女は断髪《だんぱつ》もウエーヴさえかけない至極《しごく》簡単なものである。凡《およ》そ逸作とは違った体格である。何処《どこ》にも延びている線は一つも無い。みんな短かくて括《くく》れている。日輪草《にちりんそう》の花のような尨大《ぼうだい》な眼。だが、気弱な頬《ほお》が月のようにはにかんでいる。無器用《ぶきよう》な小供《こども》のように卒直に歩く――実は長い洋行後|駒下駄《こまげた》をまだ克《よ》く穿《は》き馴《な》れて居ないのだ。朝の空気を吸う唇に紅《べに》は付けないと言い切って居るその唇は、四十前後の体を身持《みも》ちよく保って居る健康な女の唇の紅《あか》さだ。荒い銘仙絣《めいせんがすり》の単衣《ひとえ》を短かく着て帯の結びばかり少し日本の伝統に添《そ》っているけれど、あとは異人女が着物を着たようにぼやけた間の抜けた着かたをして居る。
――ね、あんたアミダ様、わたしカンノン様。
と、かの女は柔《やわら》かく光る逸作の小さい眼を指差し、自分の丸い額《ひたい》を指で突いて一寸《ちょっと》気取っては見たけれど、でも他人が見たら、およそ、おかしな一対《いっつい》の男と女が、毎朝、何処《どこ》へ、何しに行くと思うだろうとも気がさすのだった。うぬ惚《ぼ》れの強いかの女はまた、莫迦《ばか》莫迦しくひがみ[#「ひがみ」に傍点]易《やす》くもある。だが結局|人夫《にんぷ》は人夫の稼業《
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