で無いのだと氣のついたことが、わたしの二十五年代の思想を一變させてくれた示唆の一つとなつたからである。
[#地から1字上げ]大正十二年春・名古屋にて
親の土地
※[#ローマ数字1、1−13−21]
汽車は山峽《やまあひ》を出たのか、兩方に山脈が廣く展けて行つた。愈※[#二の字点、1−2−22]來たなと、後の支度は妻にまかせて車室の窓をひらき、身體が半分はみ出すくらゐ車外に乘り出して、汽車の進行してゐる方の前方の景色を見た。
此時はじめて分つたが霙といひたい位な、目にも見えぬ薄い細かい吹雪が汽車の進行する前方から、眞つ直ぐに吹きつける烈風に送られてやつて來て、それが眼と言はず、鼻と言はず叩きつけ、頬邊《ほつぺた》を削《こそ》げるやうに冷たく濕《うるほ》してゆく。それを我慢して汽車の前方の左一帶を見まもると、汽車は今まさしく平野に行く傾斜地の高地にさしかかつて、兩側の山脈が末ひろがりに展けてゆく平野の縁《ふち》は、向うへ向うへと遠のいて行き、紛れもないわたしの生れ故郷の市《まち》の環境――つまり平野に望んだ低い山地のたたずまひが前方遙かに見え出した。
併し家らしいも
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