ゐる。秋の收穫が十月でをはり、日は一日毎にくらくなる頃、冬のための焚き物や食べ物の貯藏、家根や塀のための雪がこひの支度に取りかかる。その頃雨は毎日降る。瞬く間に山は痩せ林は裸になり、一物もない土地はひろびろと地平線につづき、到來の季節のために世界をあけわたす。やがて毎日の雨は霰と變つて、天の一角を削《こそ》げおとすやうに烈しく降つてくる。
 地方農民はここで覺悟のほぞをきめる。大自然の嚴たる必然さ、人間のただ頭をさげるしかない無力に畏怖し、やつと習慣的な微笑でもつて心の苦痛を慰め、霰の晴れ間に兩手を襟もとに突込みながら、家のぐるりや、肥やしの置き場や、裏のひろびろとした田圃やを見廻るのである。

    5

 春が間近になる。夜なぞ外に出ると、星のない眞つ黒な空にも何ものか温かい氣が充ち充ちてゐるやうに思はれる。この頃雪が降れば粉雪ではなくて、牡丹の花びらのやうなボダ雪である。ついでこの雪が空中で融けて、何日か北方を目がけて眞一文字に吹く烈風におくられ、山や、野や、村の雪を融かす雨となる。河や、田に滿々と濁水を湛へて、去年《こぞ》の枯れ草の殘骸や、水際の灌木の骸骨を水浸しにする。
 
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