雨の降らない日は殘雪の底冷えで朝なぞ寒いが、曉闇の空氣を破つて山の小鳥の一隊が鋭くつぶやきの聲をあげ、屋根をガサガサ鳴らして餌をあさる。それが毎朝殖えてゆく。そして一群の羽音は未だ暗い屋のうへに強くはためき、この永いあひだ雪の音、風の音しか聞かなかつた單調な吾等の思ひを破る。わたしは何度枕に顏をおしあてて俯伏し、この小さい猛禽達の羽音、つぶやきに、斷ちわられたる季節の境を感じ、あの鼠なきといふ胸の迫る感激を覺えたらう。

 雪は毎日融ける。日和は毎日續き出す。空には濛々と水蒸氣がたてこめ、畑の上の一面の雪は割れて黒土をあらはし、環境をめぐる山々は青くけぶり、その鋭い山肌の稜を靄のなかに水晶のやうに輝かし、街道は人馬の往來が頻繁になり、子供等は騷ぎ、農家は活氣があふれ、もう春の來たことは何處にも彼處にも見えて來る。

 やがて大地の雪は皆消える、蕗の薹が淺みどりの鮮かな姿をあらはし始める。木の肌は光り、大地はうるほふ。
 わたし等の體中の血が新たな血でめぐる思ひがし、腕、足の筋肉が力を別にした氣がして、ここらでは百姓女まで勞働用に穿くゴム靴を穿いて新しい大地のうへを歩む。

 季節の享樂
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