力さ! ここに大自然の底の知れない森嚴と壓迫とを内容とする威力が示される。
 人はこの下に膝を屈して「無」の中にぢつと生活するしか術《すべ》がない。それは限りのない「無」である。果てしのない「無」である。しかしこの「無」の中に面《つら》つき合せて默つてゐるしか他に術がないのである。

    2

 眞つくろな空から粉のやうな雪が、誰かの言葉だが、まるで箕《み》から撒くやうに降つてくる。
 廣野の遠くの森がこの雪の中に煙つて見えるのが朝の九時、邊りが軈て雪の他に何ものも見えなくなるのが正午、軈て晩になると、降り積つた雪の重さで、夜の十時頃から家の大屋根の棟が鳴り軋む。幽嚴きはまりない思ひに打たれる。
 外に出て見る。月が中天にかかつて密雲にとざされ、あたりには朦朧とした光を放射してゐる。村の通りも見えず、木も見えず、家も見えない、ただ無數に無限にサラサラと降りつむ煙のやうな、靄のやうな粉雪をおろしてくるだけである。
 こんな晩、その朦朧とした空に虹が出てゐるのを見た覺えがある。

    3

 ……だが恁んな靜かな雪降りは一と季節にもさうたんとない。大抵は吹雪が三日四日、ときには七日
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